新型コロナウイルスにどう向きあうか 第4回

新型コロナウイルス

第4回では、崎谷満著『新型コロナウイルスにどう向きあうか』昭和堂, 2020 の第五章 ポストコロナ時代への提言、から、第1節 ポストコロナ時代に求められるもの、を採り上げ、全体的な俯瞰と自由、多文化共存、生活権の保証について簡単に見てみます。

第五章 ポストコロナ時代への提言

一、ポストコロナ時代に求められるもの

 プレコロナ時代からポストコロナ時代へ

コロナ禍は全世界的に甚大な被害をもたらしました。プレコロナ時代の秩序は決して元には戻りません。そのためポストコロナ時代には見方を変えて、新たなチャレンジが必要とされます。

そのポストコロナ時代の新たなあり方を全体として見渡すように、レジリエンス[1] (耐性・抵抗力・回復力) を備えた社会の再生のための8つの基準 (les octa-normes pour la résilience des sociétés à l’ère post-COVID-19) を提示しました[2]

  1. 言論の自由の確保 (la liberté)
  2. 多文化共存 (l’interculturalité)
  3. 生存権の保証 (le droit à la vie)
  4. 集中から分散へ (la décentralisation)
  5. 地域創造 (la création régionale)
  6. 普遍的原理による相互理解 (l’universalité)
  7. 基本的人権の尊重 (les droits humains)
  8. 科学者の連帯 (la solidarité)

新型コロナウイルスが急速に全世界へ広がったこと (パンデミー) の要因の一つとして、ヒトの人口過剰により感染制御が不可能になったことが想定されます。

以前より環境学者・地質学者から、ヒトの人口過剰による環境悪化に対する警鐘が鳴らされており、新たな地質学的時代として人新世 (Anthropocene) を区分すべきだとの提案がなされています[3]。これは我々人類に対する警告を意味します。

同様に、フランスを中心とする脱成長 (la décroissance = degrowth) 提唱者達は、ヒトの人口増加と相まって、無限の開発、経済成長を目指すことへの危険性を指摘しています[4]。また英語によるグローバリゼーションの危険も併せて指摘しています[5]

この8つの基準のうち、今回は最初の三つを簡単に見てみましょう。

自由

新型コロナウイルス感染とコロナ禍を乗り終えるためには、思想・信条・言論の自由が必要です。

まず、2019年末に武漢で新型コロナウイルス感染症が広がり始めた時に、医療情報の隠蔽が行われたことが武漢内部での感染爆発を引き起こしました[6]。それがその後の全世界への感染拡大 (パンデミー) に至ることになりました。自由を抑圧することが悲惨なことを招いたという実例です。

また、感染制御のため専門家の間での研究成果の公開・共有が必要です。自由は必須条件です。

さらに、民主主義 (democracy) 対 専制主義 (autocracy) の対立がポストコロナ時代の世界の趨勢であると指摘されています[7]。世界が混乱する中で、民主主義と自由とを共有するヨーロッパ、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドと日本およびインドの提携はコロナ禍克服のために非常に重要です。

科学的にも、実効再生産数 (effective reproduction number: Rt) を1以下にすることが感染収束のための条件です。それに最も影響を与えるのは人々の行動様式、つまり自律的・自覚的に自己の行動を律することです。この自律性を保障するために自由が必要です。また自律性はポストコロナ時代における社会再生の決め手となるものです[8]

多文化共存

新型コロナウイルスは人類共通の敵です。本シリーズ第2回で示したように、人類は生物学的に単一種ということが立証されています。従って、以前、形質的特徴によって分類されていた「人種」という概念は非科学的であり、現在では否定されています[9]。人種差別は科学的に否定されるべきものです。また文化・言語が異なっていることをもって差別することは許されません

日本人間学会は、実存分析・ロゴセラピーの開拓者であるビクトール・フランクル (Viktor E. Frankl) の直接の支援によって創設されたという貴重な歴史を担っています。よく知られているように、フランクルはアウシュビッツ収容所で家族全員を失い、一人生き残ったという悲劇を経験しました[10]。そのためフランクルは多文化共存の重要性を他の誰よりも痛切に理解していました。日本人間学会はそのフランクルの意思を継いで、今日まで活動を続けてきました。

コロナ禍は英語によるグローバリゼーションという単一文化支配のもろさを露呈しました。レジリエンスを備えた社会の再生のためには多文化共存が必須です[11]

生存権の保証

コロナ禍は所得が不安定な人々の生活を直撃しました。そのためには様々な生活保障の手立てが必要です[12]。多くの企業の収支が悪化し倒産も増えてきた中で[13]、長期的には雇用の確保のために社会の再生・再建が必要です。

コロナ禍の今こそ自律共同性[14]に基づく社会のあり方が求められます。そのためには分かち合いの心が重要となります[15]

コロナ禍は都市生活の困難さを浮き彫りにしました。しかしコロナ患者発生が少ない山陰、特に兵庫県下の山陰但馬西部の香美町および兵庫県下の山陰丹波東部の丹波篠山市では、行政を含め地域住民への細やかなサポートが進められており、社会的弱者に暖かい自律共同性社会を実現しています。それはコロナに強い地域社会、つまりレジリエンスを備えた社会を既に形作っていることを意味します。そこから学ぶべきことは多いでしょう。

 

[1] Tisseron S. « Résilience » ou la lutte pour la vie. Le Monde diplomatique. 2003. <https://www.monde-diplomatique.fr/2003/08/TISSERON/10348>; 田亮介, 田辺英, 渡邊一郎. 精神医学におけるレジリアンス概念の歴史. 精神経誌. 2008;110(9):757-63.

[2]  崎谷満. 新型コロナウイルスにどう向き合うか: 科学的事実に基づくポストコロナ時代への道筋. 京都, 昭和堂, 2020, 54-5頁.

[3] Balter M. Archaeologists say the ‘Anthropocene’ is here — but it began long ago. Science. 2013;340(6130):261-2.

[4] D’Alisa G, Demaria F, Kallis G (eds.). Degrowth: A vocabulary for a new era. London, Routledge, 2015. (英語版) = Décroissance : Vocabulaire pour une nouvelle ère. Paris, Le passager clandestin, 2015. (フランス語版)

[5] Latouche S. La décroissance. Paris, Que-sais-je ?, 2019.

[6] アイ・フェン (艾芬). 中国政府に口封じされた武漢・中国人女性医師の手記. 文藝春秋. 2020;98(5):182-94.

[7] PHP総研. 2021年版PHPグローバル・リスク分析. 2020年12月. <https://thinktank.php.co.jp/wp-content/uploads/2020/12/risk2021.pdf>;木内登英. 専制主義と民主主義の対立: 米中対立に大きな影響を与えたコロナ問題. 野村総合研究所. 2021.03.29. <https://www.nri.com/jp/knowledge/blog/lst/2021/fis/ kiuchi/0329>.

[8] 崎谷忍, 崎谷満. 山陰但馬城崎におけるおもてなしにみる精神の気高さと自律共同性の伝統. Vox Propria. 2021a;20:29-82; 崎谷忍, 崎谷満. ポストコロナ時代における地域創造モデル: 自律性の重要性. Vox Propria. 2021b;21(1):1-139; 崎谷満, 崎谷忍. 阪神間西宮文化の4要素 (自律性・凛とした姿勢・自律共同性・ささやかな豊かさ) およびポストコロナ時代の社会再生のための手がかり. Vox Propria. 2021c;21(2):141-94.

[9] Sakitani M. SARS-CoV-2 as a common enemy to a species Homo sapiens and new paradigms of thought in the post-COVID-19 era. Vox Propria. 2021a;20:83-104.

[10] Frankl VE. …trotzdem Ja zum Leben sagen. Ein Psychologe erlebt das Konzentrationslager. 初版 (1946年), 新版 (1977年). Munich, Kösel, 1946b (1977). 初版和訳: フランクル VE, 霜山徳爾 (訳). 夜と霧. 東京, みすず書房, 1956 (1985).

[11] Sakitani M. Vers la compréhension mutuelle mondiale pour la résilience post-COVID-19. Vox Propria. 2021b;20:1-28.

[12] フランスの都市地方自治体連合 (Cités et Gouvernements Locaux Unis [CGLU]) の10の提言は社会的弱者の救済を第一に考えている: CGLU. Le décalogue sur les conséquences du COVID-19. 2020. <http://www.cites-unies-france.org/CGLU-Le-Decalogue-sur-les-consequences-du-COVID-19>.

[13] 経済産業省. コロナ禍後の社会変化と期待されるイノヘーション像 (新エネルギー・産業技術開発機構技術戦略研究センター 2020年6月24日). 2020. <https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangho_gijutsu/ kenkyu_innovation/pdf/-10_02_00.pdf>.

[14] Illich I. La convivialité. Paris, Seuil, 1973. (フランス語版) = Tools for conviviality. London, Marion Boyars, 1973 (2009). (英語版)

[15] Latouche S. La voie de la décroissance. Pour une société d’abondance frugale. Dans Caillé A, Humbert M, Latouche S, Viveret P. De la convivialité. Dialogue sur la société conviviale à venir. Paris, La Découvert, 2011, pp. 43-72. 重要な p. 67 の一節は崎谷・崎谷 (2021c, 171頁) でフランス語原文を引用した上で日本語へ翻訳している。