代表理事挨拶

「上医は国をいやし、中医は人をいやし、下医は病をいやす。」

(「上医医国、中医医人、下医医病」)と中国の唐代の名医、孫思邈が『千金方』巻一「診候」で述べています。
今日、物質文明の進歩により、科学技術は目覚ましく発達し、すべての学問分野において研究はさらに専門化してきています。しかし、そのことにより、一つの専門は他の専門と互いに相通じることが難しくなり、ともすれば「人間」不在の研究になりがちです。

人間の科学といわれている医学における研究は、本来、心身ともに行われるべきではありますが、唯物的な物質科学の発達による分析が中心となり、さらに、それが細分化されて進歩すればするほど、逆に人間そのものから遠ざかっていく傾向を否定できません。実際、現状の医学は「下医は病をいやす。」の次元であります。

そこで、現在の社会情勢を鑑み、今こそ再び人間次元に立ち戻る必要性があると考えます。人間次元とは、広義の意味では「人間存在」すなわち「実存」のことであり、狭義の意味では「精神」のことであります。我が国の人間学の創始者であられる高島博氏は、各分野の専門家とともに、専門諸科学のみでは説明し尽くせない人間存在の問題を、「人間学」という「学際的」な場において、人間の「精神」を語り哲学的に研究しあう「日本人間学会」を創設されました。すなわち、「中医は人をいやす」の次元であります。さらに、学問は机上の空論ではなく、社会貢献できてこそ実学であるという理念のもと実学的人間学の構築に務められました。

現在、世界で起きている多くの問題は、人間の心の在り方にその根本的原因があり、根底に今日までの歴史的な哲学上の誤りや、人間や社会における重要な提題に対しいまだ解答が得られていないという点が深く影響しております。戦争の原因は軍事兵器の存在自体にあるのではなく、また、国家の退廃の原因は社会制度にある訳ではありません。社会を形成する人間一人ひとりの人格の質に由来するものであります。これこそが「上医」としての研究でありそれが社会貢献となるのではないでしょうか。

二度にわたり当学会の代表理事を務められた今村和男氏は、大学時代ノーベル賞学者であられる湯川秀樹氏から物理を学ばれ、科学において人類の幸福に貢献していくことを願っておられました。しかし、太平洋戦争に突入した日本の当時の社会状況下にあって戦闘機開発とテストパイロットを務められ、そして、終戦直前には特攻隊員を見送られた経験をお持ちです。彼らに、「後の日本をお頼みいたします」と日本の繁栄と平和を託されたとのこと。そのような筆舌に尽くしがたい経験と責任感から、昨今の混迷する世界情勢を憂い、世界平和に向けての真の「哲学的人間学」の構築を目指されました。

特に、人間の本質を解明するために、西洋哲学的な理性的論理だけに頼るのではなく、東洋哲学、あるいは日本に育まれた情操的な精神文化にも着目され、また、現代科学の研究成果や、神学、宗教教義に示された宇宙観や人間観をも研究材料とし、前代表理事の勝本義道氏とともに、広く学際的な観点から宇宙や人間に対する真理を探究されました。

私は、日本人間学会とのご縁により、諸先輩よりたくさんの学びを与えられながら研究活動に参加させていただき、この日本人間学会が取り組む学際的研究による人間学によって、国を健全に生かし、世界人類が恒久的に平和な社会を築き、精神的にも、科学的に築き上げられる文明においても、真の癒しを与え得るという確信を持つに到りました。

当会の哲学的人間学の研究と実学としての社会貢献活動が、命をも犠牲にして日本のために生きた人々の願いを果たし、今後の世界を担うべき世界の青少年たちに対し、喜びと希望を与え得るものとなりますよう、強い志をもち尽力してまいる所存です。

一般社団法人日本人間学会
代表理事
瀧 順一郎

 代表理事 プロフィール

瀧 順一郎(たき じゅんいちろう)

 所属学会・団体

・国立病院機構 奈良医療センター 外科医長
・日本外科学会 専門医
・日本消化器外科学会 専門医

経歴

・1985年、奈良県立医科大学卒業
・1990年、ピッツバーグ大学(米国)留学
・1992年、医学博士取得
・1994年、奈良県立医科大学、助教

・2003年、宇陀市立病院外科部長
・2009年、国立病院機構 奈良医療センター 外科医長