新型コロナウイルスにどう向きあうか 第6回
第6回では、崎谷満著『新型コロナウイルスにどう向きあうか』昭和堂, 2020 の第五章 ポストコロナ時代への提言、から、第3節 普遍性、を採り上げ、普遍的原理、基本的人権、国際連帯について簡単にまとめてみます。第5回で地域創造にとって地域の精神性[1]が重要であることを報告しました。第6回ではそれが普遍性を持つ価値があることを示します。
第五章 ポストコロナ時代への提言
三、普遍性
普遍的原理
新型コロナウイルスは人類共通の敵です。人類は新型コロナウイルス感染とコロナ禍に対して一致協力して戦う態勢を整えることが重要です。
第一に、人類 (Homo sapiens) が単一種 (species singularis) であることの意味を再び考えてみましょう。まず、20世紀末まで人類が単一種 (つまり人類は皆兄弟) であることが知られていなかったことに驚かされるでしょう。それまで皮膚の色や骨の形などの表現形質によって人の種類を分類する形質人類学が主流でした。その多地域進化説[2]によると、アフリカで誕生し、アフリカから先に世界各地へ広がって行ったそれぞれの地域の原人から、地域ごとに異なった現生人類が進化したというものです。つまり現生人類が単一種ではなく、複数の「人種」に分かれるという[3]、現在ではあり得ないような誤りを前世紀には科学者が主張していたのです。またこの擬似科学的主張[4]は、科学者が人種差別を助長することを意味し、科学倫理に反することになります[5]。実際には、現生人類が約20万年前の共通祖先に遡る単一種であること (単一起源論) は、まず1993年から1994年にかけての成人T細胞白血病ウイルス[6]の分子疫学[7]によって立証されていました。その後、ミトコンドリアDNA[8]、Y染色体[9]、核DNA[10]の分析からも追認されました。人類が単一種であることはこうして科学的に立証されたのです。
第二に、人類が単一種であることがこのように科学的に実証されていることから、その思考についても単一種としての共通性・普遍性があります[11]。まず、理性は古代ギリシア文化、ヨーロッパキリスト教文化、イスラム文化で共有できる共通概念です[12]。また、宗教自体も古代ギリシア文化、ヒンドゥー教、儒教の間で共通理解を得る手がかりとなるものがあります[13]。ユダヤ人差別によって死の苦しみ[14]を受けたフランクルが掲げる普遍宗教の理念[15]には切実なものがあります。さらに、良心はヨーロッパ文化、仏教、日本の神道において共通し、相互理解の鍵となるものです[16]。フランクルは、良心 (das Gewissen) の声を聴くことが実存分析に沿ったロゴセラピーの目標である生きる意味を見出す契機となることを指摘しています[17]。なお、これらの場合でも文化圏言語圏ごとに表現が異なるため、固有の理解を尊重する文化多元主義を重視することも大切です。
基本的人権
人類が単一種であることから、基本的人権も普遍的なものです。歴史的には、普遍的原理としての普遍法・自然法の概念から基本的人権という概念が生まれてきました[18]。古代ギリシア(プラトン、アリストテレス)、古代ローマ(キケロ)、キリスト教(パウロ、トマス・アクィナス)、近世イギリス(ホッブズ)など、ヨーロッパには普遍法・自然法に根拠を置く基本的人権の理解が脈々と流れています[19]。基本的人権の成立過程として、1776年のアメリカ独立宣言[20]から、1789年のフランス革命時のフランス人権宣言[21]を経て、1948年に国際連合総会で採択された世界人権宣言[22]に連なる流れが重要であることが指摘されています[23]。人類が単一種であるという科学的立場に立てば、基本的人権がヨーロッパ文化独自のものという批判[24]が根拠を持たないことは明らかでしょう。
本シリーズ第4回で指摘しましたように、ポストコロナ時代は民主主義と専制主義との対立が激しくなってきます。コロナ禍の混乱に乗じて基本的人権を蹂躙する国が出てきていますが、人類は皆兄弟という科学的普遍的立場から許されないことでしょう。
国際連帯
人類共通の敵である新型コロナウイルスに対して、研究成果の自由な共有の下で、世界の科学者の協力・連帯が必要です。
また、第4回で指摘したように、実効再生産数 (Rt) を1以下にすると感染収束・終息に向かいます。人々の行動様式、特に自律性に基いた感染予防策の施行が重要な因子です。コロナ感染を上手く制御している兵庫県下の山陰但馬西部の香美町および同じ兵庫県下の山陰丹波東部の丹波篠山市では、地域住民が自律性の高い判断を行いながら、周囲 (特に社会的弱者) に対する配慮も進めるという自律共同性社会がコロナ感染対策に非常に効果を発揮しています。両地域ともフィールドワークによって実際に確認しています。自律共同性社会の実現はフランスを中心とした脱成長支持者の目標でもあります[25]。このような地域の成功例についての情報共有を進めることが、コロナ感染制御に関する国際貢献につながるものと思われます。
それと同時に、ポストコロナ時代においてレジリエンス (耐性・抵抗力・回復力) を備えた社会の再生が課題となります。第5回で既に述べましたように、山陰但馬のズワイガニ・但馬牛・日本酒造りの成功事例に学ぶことがあるかと思います。それに加え、兵庫県下の畿内摂津地域である阪神間の中核都市、西宮におけるケーキハウスツマガリの事例では、文化的精神的4要素 (la tétrade culturelle et spirituelle)、つまり 1. 自律性 (l’autonomie), 2. 凛とした姿勢 (l’austérité), 3. 自律共同性 (la convivialité), 4. ささやかな豊かさ (l’abondance frugale) が、コロナ禍を乗り越え地域再生を進める決め手となっています[26]。この文化的特徴はツマガリだけではなく、阪神間西宮文化に広く共通します。またそれはフランス文化との親和性があり[27]、さらに脱成長支持者の間でも共有されています[28]。つまり阪神間西宮文化は普遍性があります。その普遍性を活かすため、阪神間、さらには山陰但馬・丹波の西日本と、共通理解が容易なフランスや脱成長支持者との国際的協力が、ポストコロナ時代における社会再生の道を切り開くことでしょう。その後にこの協力の輪を全世界に広げて行きましょう。
【脚注】
[1] 崎谷忍, 崎谷満. 山陰但馬城崎におけるおもてなしにみる気高さと自律共同性の伝統. Vox Propria. 2021a;20:29-82; 崎谷忍, 崎谷満. ポストコロナ時代における地域創造モデル: 自律性の重要性. Vox Propria. 2021b;21(1):1-139.
[2] Eckhardt RB, Wolpoff MH, Thorne AG. Multiregional evolution. Science. 1993;262(5136):973-4; Wolpoff MH, Hawks J, Caspari R. Multiregional, not multiple origins. Am J Phys Anthropol. 2000;112(1):129-36.
[3] 埴原和郎. 日本人の誕生: 人類はるかな旅. 東京, 吉川弘文館, 1996; 埴原和郎. 日本人の骨とルーツ. 東京, 角川書店, 1997; 埴原和郎. 人類の進化史: 20世紀の総括. 東京, 講談社, 2004; 中橋孝博. 日本人の起源: 古人骨からルーツを探る. 東京, 講談社, 2004.
[4] 生物種の系統分析には遺伝子型 (genotype) と言われるDNA分析が有効です。しかし表現型 (phenotype) と言われる皮膚の色や骨の形は遺伝子型を直接反映するのではなく、DNAに存在する遺伝子情報をメッセンジャーRNAに転写する過程を調節するエピジェネティックス (epigenetics) という機序 (Ellis L, Atadja PW, Johnstone RW. Epigenetics in cancer: targeting chromatin modifications. Mol Cancer Ther. 2009;8(6):1409-20) に依存します。またこれは親から子に引き継がれます (Baxter FA, Drake AJ. Non-genetic inheritance via the male germline in mammals. Philos Trans R ASocx Londs B Biol Sci. 2019;374(1770):20180118)。従って、表現型・表現形質から遺伝子型を推定することは科学的方法論として現在では成立しません。これは形質人類学が誤った古い方法に依拠しているということを意味します。
[5] 崎谷満. DNA が解き明かす日本人の系譜. 東京, 勉誠出版, 2005, 57-60頁; 崎谷満. 新日本人の起源: 神話から DNA 科学へ. 東京, 勉誠出版, 2009, 14-8頁; 崎谷満, 崎谷忍. 阪神間西宮文化の4要素 (自律性・凛とした姿勢・自律共同性・ささやかな豊かさ) およびポストコロナ時代の社会再生のための手がかり. Vox Propria. 2021c;21(2):141-94, 174-5頁.
[6] Hinuma Y, Nagata K, Hanaoka M, et al. Adult T-cell leukemia: Antigen in an ATL cell line and detection of antibodies to the antigen in human sera. Proc Natl Acad Sci U S A. 1981;78(10):6476-80; Seiki M, Hattori S, Hirayama Y, Yoshida M. Human adult T-cell leukemia virus: Complete nucleotide sequence of the provirus genome integrated in leukemia cell DNA. Proc Natl Acad Sci U S A. 1983;80(12):3618-22.
[7] Gessain A, Boeri E, Yanagihara R, et al. Complete nucleotide sequence of a highly divergent human T-cell leukemia (lymphotropic) virus type I (HTLV-I) variant from Melanesia: genetic and phylogenetic relationship to HTLV-I strains from other geographical regions. J Virol. 1993;67(2):1015-23; Miura T, Fukunaga T, Igarashi T, et al. Phylogenetic subtypes of human T-lymphotropic virus type I and their relations to the anthropological background. Proc Natl Acad Sci U S A. 1994;91(3):1124-7; Vidal AU, Gessain A, Yoshida M, et al. Phylogenetic classification of human T cell leukaemia/lymphoma virus type I genotypes in five major molecular and geographical subtypes. J Gen Virol. 1994;75(Pt 2):3655-66.
[8] Horai S, Hayasaka K, Kondo R, et al. Recent African origin of modern humans revealed by complete sequences of hominoid mitochondrial DNAs. Proc Natl Acad Sci U S A. 1995;92(2):532-6.
[9] Hammer MF. A recent common ancestry for human Y chromosomes. Nature. 1995;378(6555):376-8.
[10] HUGO Pan-Asian SNP Consortium, et al. Mapping human genetic diversity in Asia. Science. 2009;326(5959):1541-5.
[11] Sakitani M. SARS-CoV-2 as a common enemy to a species Homo sapiens and new paradigms of thought in the post-COVID-19 era. Vox Propria. 2021a;20:83-104.
[12] Sakitani M. Vers la compréhension mutuelle mondiale pour la résilience post-COVID-19. Vox Propria. 2021b;20:1-28, pp. 7-12.
[13] Sakitani (2021b, pp. 12-6).
[14] アウシュヴィッツを含むユダヤ人収容所での体験を Frankl VE. …trotzdem Ja zum Leben sagen. Ein Psychologe erlebt das Konzentrationslager. München, Kösel, 1946 (1977) にて、フランクルは抑制的なタッチで描いています。しかし生死も定かでない妻との心の中での対話 (pp. 63-5) は熱い思いで描かれています。このフランス語版の序文 (Préface de Gabriel Marcel. Dans Viktor E. Frankl. Découvrir un sens à sa vie avec la logothérapie. Paris, Éditions J’ai lu, 2012, pp. 13-7) に寄せたフランスの実存哲学者ガブリエル・マルセルの言葉は感動的です:「初めてヴィクトール・フランクルにウィーンで出会った時、死の収容所から生還した方を前にして、私が受けた深い感動を決して忘れません。奥様と御家族を亡くされていたにもかかわらず、その穏やかさ (calme)、そして己を制する (maîtrise) 姿に、私はとても心打たれました。(Marcel, 2012, p. 13)」…「心にありありと現れる (フランス語 la présence, ドイツ語 das So-sein, das Hier-bei-mir-sein, das Am-Leben-sein) 伴侶の姿 — 24歳の若い女性、そして絶滅収容所のどこかに閉じ込められ、まだ生きているかすらも分からない — その愛する者との心の通い合いを記した箇所 (Frakl, 1946, pp. 63-5) を読みながら、私は溢れる涙を抑えることができませんでした。(Marcel, 2012, p. 15)」
[15] フランクルの宗教に関する考えは Frankl VE. Man’s search for ultimate meaning. London, Rider, 1975 (2011), pp. 137-54 にまとめられています。またユダヤ教聖職者ラピデとの対話: Frankl VE, Lapide P. Gottsuche und Sinnfrage. München, Gütersloher, 2005 (2011). も参考になります。フランクルの宗教に関する著作全般を集めたもの: Frankl VE. Gesammelte Werke. Band 5. Psychotherapie, Psychiatrie und Religion. Über das Grenzgebiet zwischen Seelenheilkunde und Glauben. Batthyany A, Vik J. Boiller K, Fizzotti E (Hg.). Wien, Bohlau, 2018. は大変貴重です。
[16] Sakitani (2021b, pp. 16-22).
[17] Viktor E. Frankl. Der unbewußte Gott. Psychotherapie und Religion. München, Deutscher Taschenbuch Verlag, 1948 (2012), pp. 40-1.
[18] Villey M. La Nature et la Loi. Une philosophie du droit. Paris, Cerf, 2014; Coulange P, Lefebvre JF, Linnig W (éds.). La loi naturelle. Paris, Parole et Silence, 2017; Manent P. La loi naturelle et les droits de l’homme. Paris, Presses Universitaires de France, 2018.
[19] Sériaux A. Le droit naturel. Paris, Presses Universitaires de France, 1993; Villey M. La formation de la pensée juridique moderne. Paris, Presses Universitaires de France, 2003.
[20] United States Declaration of Independence (1776). <http://memory.loc.gov/cgi-bin/query/r?ammem/bdsdcc:@field(DOCID+@lit(bdsdcc02101))>.
[21] Déclaration des droits de l’homme et du citoyen (1789). <https://www.legifrance.gouv.fr/Droit-francais/Constitution/Declaration-des-Droits-de-l-Homme-et-du-Citoyen-de-1789>.
[22] La Déclaration universelle des droits de l’homme (1948). <https://www.un.org/fr/universal-declaration-human-rights/index.html>.
[23] Barret-Kriegel B. Les droits de l’homme et le droit naturel. Paris, Presses Universitaires de France, 1989; Villey M. Le droit et les droits de l’homme. Paris, Presses Universitaires de France, 1983.
[24] 河上倫逸. ヨーロッパ法と普遍法. 東京, 未來社, 2009. はその点を懸念しています。非ヨーロッパ系文化圏である日本が加わることで、基本的人権の普遍性がより強固になります。
[25] Deriu M. Convivialité. Dans D’Alisa G, Demaria F, Kallis G (éds.). Décroissance. Vocabulaire pour une nouvelle ère. Paris, Le passager clandestin, 2015, pp. 165-71.
[26] 崎谷・崎谷 (2021c).
[27] Guiliano M. Mincir au fil des saisons. Paris, Éditions J’ai lu, 2007;トーザン D (Dora Tauzin). パリジェンヌ流美しい人生の秘密. 東京, 宝島社, 2016; シャロー弓 (Yumi Charraut). パリが教えてくれたボン・シックな毎日: ときめくものだけシンプルに, 暮らしのセンスアップ86の秘訣. 東京, 扶桑社, 2017; 吉村葉子. 徹底してお金を使わないフランス人から学んだ本当の贅沢. 東京, 主婦の友社, 2017.
[28] Illich I. La convivialité. Paris, Seuil, 1973; Latouche S. Vers une société d’abondance frugale. Contresens et controverses sur la décroissance. Paris, Mille et une nuits, 2011; D’Alisa G, Demaria F, Kallis G (éds.). Décroissance. Vocabulaire pour une nouvelle ère. Paris, Le passager clandestin, 2015; Latouche S. La décroissance. Paris, Que-sais-je ?, 2019; Latouche S. L’abondance frugale comme art de vivre. Bonheur, gastronomie et décroissance. Paris, Payot & Rivages, 2020.
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