新型コロナウイルスにどう向きあうか 第5回

新型コロナウイルス

第5回では、崎谷満著『新型コロナウイルスにどう向きあうか』昭和堂, 2020 の第五章 ポストコロナ時代への提言、から、第2節 都市から地方へ、を採り上げ、都市から地方への機能分散、地域創造について簡単に述べてみます。

第五章 ポストコロナ時代への提言

二、都市から地方へ

都市集中から地方への機能分散

2020年春のコロナ第1波の時には、都市集中の構造的危機が指摘されました。その地域だけでは補えない水・食糧・エネルギーの大量使用、過密な通勤、医療・介護の絶対的不足、災害時対応の困難など、都市の構造的弱さがコロナ禍によってあぶり出されてきました[1]。そのため、分散都市、テレワーク、都市から地方への流れなど、いろいろな提案が出されました[2]。しかし、その後大きな動きにはならず[3]、2021年夏には東京で医療崩壊をきたす程の感染爆発を引き起こしました。

それに対して、コロナ第1波を完全に克服した兵庫県下の丹波篠山市には2020年6月の時点で移住相談が相次ぎました[4]。その後、2021年2月の時点でも実際に移住者の数が増えているとの報告があります[5]。大阪から1時間というアクセスの良さ、コロナ感染が少ない地域、優れた住居環境などに加え、本シリーズ第4回での指摘、つまり社会的弱者に優しい自律創造性社会を創ってきたという地域の努力の結果も評価されているようです。ただし人口4万人の丹波篠山市が受け入れる能力には限りがあります。そのためにも多くの地域がそれぞれの事情に応じた社会再生・地域創造を目指す必要があります。

地域創造

コロナ禍で危機に直面している大都市に社会変革の遅れが生じていることは、そこにこの異常事態を乗り越えるビジョンを見出すのは非常に困難だということを意味するでしょう。そのためコロナ禍を克服してきた地域、いわゆるコロナ勝ち組に学ぶことは多いと考えられます。ここでは地域創造の困難例、成功例について簡単に説明して行きます。

第一に、コロナ禍によって観光産業[6]および航空旅客運輸業[7]は大打撃を受けました。コロナ感染のリスクを高める人の移動 (モラルに関わります) を前提とする観光は構造的に難問を突きつけられています。社会が変質してしまった今、以前の規模拡大による利潤追求型モデル[8]や DX などの技術論[9]による小手先の対応では、もはや観光による地域創造は困難です。

しかし、観光が提供する精神的な輝きが一つのヒントを与えてくれます。兵庫県の山陰但馬を代表する温泉地、城崎温泉で中心的な存在である西村屋本館は、2019年におもてなし規格認証の最高位、紫認証を取得しました[10]。私達は、フィールドワークで直接西村屋の理念に触れる機会を設けて頂き、また西村屋西村総一郎代表取締役のお考えを直接ご教示頂く幸運に恵まれ、西村屋のおもてなしの精神性について深く理解する機会にあずかることができました。つまり、思い遣り (le soin)、崇高さ (la sublimité)、自律共同性 (la convivialité) に裏打ちされた精神性が西村屋を支えています[11]。また1925年の北担大震災を城崎全体の共存共栄 (= 自律共同性) の精神で乗り越えてきたこと[12]を教えて頂きました。コロナ禍によって海外を含む他地域からの客に期待する経済原理は過去のものとなりました。そのため今後はこの精神性、特に城崎が持つ自律共同性社会の良さを発揮して、地域の方々が客としてこの高い歴史的価値を持った城崎温泉の伝統を支えることが、新たな観光による地域創造モデルを形成して行くことになるでしょう。地域で盛り上げて行くことが大切です。既存の観光学にない、新たな試みが闇に光を灯すことになると思われます。

第二に、地域リソース活用による地域創造については、従来の利潤追求型のマーケティング理論[13]では対応できない事態、つまり市場の崩壊をコロナ禍がもたらしました。

しかし、山陰但馬を代表するズワイガニ[14]および但馬牛 (たじまうし)[15] はコロナ禍を乗り切って前進しています。また但馬杜氏による酒造り (香住鶴) は、コロナ禍にあっても2020年度の世界最大級のワイン品評会、インターナショナル・ワイン・チャレンジ (IWC) の日本酒部門において生酛からくち・山廃純米酒をダブル金賞受賞するという快挙を成し遂げ[16]、世界市場にその存在を知らしめました。このような成功例では、目先の利潤追求ではなく、主体的自律的に考え (自律性 l’autonomie)、高い理想に向けて飽くことなく努力する凛とした姿勢 (l’austérité)、つまり地域の伝統となっている精神性 (la spiritualité) が地域創造の鍵となっています[17]

なお郡部だけでなく、兵庫県下の畿内摂津地域の中核都市、西宮のケーキハウスツマガリもコロナ禍に打ち勝って希望の光を輝かせています[18]。本シリーズ第6回で述べることにします。

第三に、舞台芸術はコロナ禍によって壊滅的となりました[19]。つまり芸術による地域創造モデル[20]はもはや現実的選択とはなり得ない時代へと移ってしまいました。その原因としてコロナ禍以前から指摘されていたこと、つまり舞台芸術の受け手の減少[21]、送り手側の問題[22]などにより、舞台芸術そのものの存続が困難となったところに、コロナ禍が追い討ちをかけたこと[23]が指摘されています。

しかし、兵庫県下の畿内摂津阪神間に位置する宝塚歌劇 (宝塚市) および兵庫県立芸術文化センター (西宮市西宮北口) はコロナ禍を乗り越え、芸術による心の糧を提供することでファン・市民の絶大な支持を受けています。その要因の一つは、両者とも、総合芸術としての舞台芸術のあり方に関する普遍的な要素[24]を併せ持っていること、つまりヨーロッパ起源の総合芸術としての普遍性を持っていることが重要です。また、共に阪神間モダニズムの文化的伝統[25]というしっかりとした土台の上に築かれています。さらに、1995年の阪神大震災からの復興という意味を共に担っています[26]。従って、芸術の存在理由は、受け手となる地域の「人々の心をいやし、勇気を与え」「人々の地域再生の夢」をかなえることにあります[27]。それはコロナ禍を乗り越えるための道しるべにもなるものです。

【脚注】


[1] 山村武彦. ウイルスとの複合災害:いま震災に耐えられるか. 週刊東洋経済2020年6月13日号. 2020;2020(6927):64-5.

[2] 熊谷亮丸. ポストコロナの経済学. 東京, 日経BP, 2020; 日経クロステック (編). アフターコロナ:見えてきた7つのメガトレンド. 東京, 日経BP, 2020.

[3] 山田稔. 大手企業の「東京脱出」かなかなか進まない背景. 2020年12月9日. <https://toyokeizai.net/ articles/-/393209 >

[4] 丹波新聞.「都会は限界」コロナで地方移住増か: 相談が増加傾向:「目向き始めている」. 2020年6月11日. <https://tanba.jp/2020/06/「都会は限界」コロナで地方移住増か%E3%80%80相談が増/>.

[5] 神戸新聞NEXT. 移住希望者をコロナ禍が後押し?丹波篠山、本年度の転入100人超. 2021年2月16日. <https://www.kobe-np.co.jp/news/tanba/202102/0014082232.shtml>.

[6] 経済産業省. コロナ禍後の社会変化と期待されるイノベーション像 (新エネルギー・産業技術開発機構技術戦略研究センター 2020年6月24日). 2020a. <https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangho_gijutsu/kenkyu_innovation/pdf/-10_02_00.pdf>.

[7] 経済産業省. 旅客運送業へのコロナ禍の影響とは: 特に航空旅客運送業への影響が顕著 (2020年12月23日). 2020b. <https://www.meti.go.jp/statistics/toppage/report/minikaisetsu/hitokoto_kako/20201223hitokoto.html>.

[8] 大羽昭仁. 地域が稼ぐ観光. 東京, 宣伝会議, 2018; 岩崎邦彦. 観光ブランドの教科書. 東京, 日本経済新聞出版社, 2019.

[9] 村山慶輔. 観光再生: サステナブルな地域をつくる28のキーワード. 東京, プレジデント社, 2020.

[10] おもてなし規格認証. ★★★ (紫認証) とは. <https://www.service-design.jp/murasaki/>; おもてなし規格認証. 事例紹介: 西村屋本館 (前編). 2019年5月30日. <https://omotenashi-jsq.org/report/nishimuraya-1/>; おもてなし規格認証. 事例紹介: 西村屋本館 (後編). 2019年5月30日. <https://omotenashi-jsq.org/report/nishimuraya-2/>.

[11] 崎谷忍, 崎谷満. 山陰但馬城崎におけるおもてなしにみる気高さと自律共同性の伝統. Vox Propria. 2021a;20:29-82.

[12] クロスディー (DX).「地域の繁栄なくして旅館の繁栄はない」まち全体を“一つの旅館”に見立てる城崎温泉・西村屋の取り組み. 2020年7月1日. <https://exp-d.com/interview/7108/>.

[13] 小長谷一之, 福山直寿, 五嶋俊彦, 本松豊太. 地域活性化戦略. 京都, 晃洋書房, 2012; 木下斉. 稼ぐまちが地方を変える. 東京, NHK出版, 2015.

[14] 毎日新聞. 但馬のズワイガニ漁獲額、過去最高52億円. 2021年6月17日. <https:// news.yahoo.co.jp/articles/d07cb458aed3fe5bc043d91b166353edbb521a1f>.

[15] JAたじま. 但馬牛 5月子牛市開催. 2021.05.14. <https://www.ja-tajima.or.jp/tajimaushi/report/2021/05/5_4.html>.

[16] 神戸新聞NEXT. 世界最大級のワイン品評会「IWC」香住鶴「金」ダブル受賞. 2020年12月 12日. <https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/bizplus/chiiki_news/202012/0013936956.shtml>.

[17] 崎谷忍, 崎谷満. ポストコロナ時代における地域創造モデル: 自律性の重要性. Vox Propria. 2021b;21(1):1-139.

[18] 崎谷満, 崎谷忍. 阪神間西宮文化の4要素 (自律性・凛とした姿勢・自律共同性・ささやかな豊かさ) およびポストコロナ時代の社会再生のための手がかり. Vox Propria. 2021c;21(2):141-94.

[19] 最も成功したと言われる劇団四季であってもコロナ禍の打撃は甚大でした: 日本経済新聞.「コロナで窮状、広く知ってほしい」 劇団四季社長. 2020年7月27日夕刊. <https:// style.nikkei.com/article/DGXKZO61824870S0A720C2BE0P00/>.

[20] 田隆之. 芸術祭と地域づくり: “祭り”の受容から自発・共同による固有資源化へ. 東京, 水曜社, 2019.; 野田邦弘, 小泉元宏, 竹内潔, 家中茂 (編). アートがひらく地域のこれから: クリエイティビティを生かす社会へ. 京都, ミネルバ書房, 2020.

[21] 東京小劇場は、1960年台から70年台の新左翼運動の崩壊過程・なれの果ての中で生まれてきたものであり、その中にあっても石橋蓮司・緑魔子主宰の劇団第七病棟は時代を真摯に駆け抜けてきたことが報告されています: 劇団第七病棟, 唐十郎 (編著). オルゴールの墓: 劇団第七病棟1776→1992. 東京, リプロポート, 1992。半世紀が過ぎて、その受け手は著しく減少したことが理解されます。

[22] 志村聖子. 舞台芸術マネジメント: 聴衆との共創を目指して. 福岡, 九州大学出版会, 2017, 148頁: この立場 (自律的芸術概念) は「芸術は一部のエキスパートやエリートだけが理解できるものである」というエリート主義を引き起こし、結局は芸術が社会に対して与えるインパクトを相対的に低下させる。

[23] 塙花梨. 劇団員「搾取」で成り立つ演劇界の末路、コロナで俳優輩出機能は壊滅的 1-4. Diamond Online. 2020.7.24. <https://diamond.jp/articles/-/243478>.

[24] アリストテレスはその芸術論 (De arte poetica) の中でギリシア舞台芸術について詳細に議論しています。芸術と娯楽とを区別しない、少数の俳優と多数の合唱隊 (コロス) による、音楽と舞踏の重視、悲劇はカタルシス (苦痛からの心の浄化) を目的とする、などは重要な点です (崎谷・崎谷, 2021b, 69-73頁)。この総合芸術としての古代ギリシア演劇が、17世紀イタリア・フランスにおけるオペラ、バレー、舞台芸術として蘇りました (Viala A. Histoire du théâtre. Paris, Presses Universitaires de France, 2005)。映画も俳優と音楽とによる総合芸術の発展形と考えられます (高橋信良 [訳・注]. ヴィアラ A. 演劇の歴史. 東京, 白水社, 2008, 93頁)。

[25] 阪急沿線都市研究会 (編). 阪神間モダニズムの光と影: ライフスタイルと都市文化. 大阪, 東方出版, 1994;「阪神間モダニズム」展実行委員会 (編著). 阪神間モダニズム: 六甲山麓に花開いた文化、明治末期—昭和15年の軌跡. 京都, 淡交社, 1997; 河内厚郎. 阪神間近代文学論: 柔らかい個人主義の系譜. 西宮, 関西学院大学出版会, 2015.

[26] 兵庫県立芸術文化センター芸術監督 佐渡裕からのごあいさつ: 多くの犠牲者を出した震災でした。家族や友人を失った悲しみは想像できないものがあります。しかし、生き残った人々は力を合わせ、再び美しい街を作り直すことに全力を注いできたのです。音楽やお芝居が、どれだけ多くの人に勇気と優しさを与えたことでしょう。兵庫県立芸術文化センターは、美しくなった街の復興のシンボルとして誕生しました。力強く、優しく、愛情かがあり、たくましい人の心がこの街を復興させたのです。この復興が、この街のオーケストラの奏でる音によって、世界に高らかに宣言されるのです。<http://hpac-orc.jp/about/pac04.php>.

[27] 垣内恵美子, 林信光. チケットを売り切る劇場. 第2版. 東京, 水曜社, 2014, 41頁.