1. 緒言

現代世界は目に余る人権侵害が世界各地で頻発するという、悲劇の時代を迎えている。2022 年2 月24 日に意表を突いて、ロシア軍はウクライナへの侵略戦争を開始した。その前の年にロシアのウラジーミル・プーチン大統領 (Vladimir Putin) は「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」の論文を発表し、ウクライナの民族としての独立性を否定し、ロシア民族の配下に置くべきであるという、ウクライナ侵略の理論的根拠 ( 訂正不能な妄想に近いもの) を確立していた ( プーチン, 2021)。国際連合人権理事会は早速理事会を招集し、2022 年3 月4 日にロシアによるウクライナ民間人に対する人権侵害を非難する決議を採択した。47 カ国の構成メンバーのうち、賛成32、反対2 ( ロシア, エリトリア)、棄権13 の結果であった (RFU/RL, 4 March2022)。その後、ロシア軍が一時占領したウクライナのブチャをはじめとする多くの都市で、ウクライナの一般市民に対するロシア軍による虐殺・強姦などの戦争犯罪の事実が明らかとなった ( アムネスティ国際ニュース, 2022; Sakitani,2022b)。その後、ウクライナ軍の反撃によってウクライナ全土の占領・ウクライナ政権崩壊を目指したロシア・プーチン大統領の当初の野望は頓挫し、かなりの占領地からロシア軍は排除された。しかし、その後もウクライナ南部東部での両軍による戦闘が続いている。

さらに、2023 年10 月7 日にイスラエルと接しているガザ地区から、ハマスによる多数のミサイル攻撃と越境攻撃が開始され (NHK, 2023 年10 月10 日)、イスラエルへ侵攻したハマスによる虐殺などの多くのテロ行為、戦争犯罪によってイスラエル市民・外国人に多大な死者が出た (NHK,2023 年10 月8 日; ロイター, 2023 年11 月21 日)。ハマスのテロ行為に対して、多くの国々がその人権侵害を非難する声を上げた ( 朝日新聞, 2023 年10 月10 日; ロイター,2023 年10 月12 日)。それに対抗してイスラエル軍はガザ地区へ侵攻し、ハマス戦闘員だけなく、ガザ地区の一般市民にも多くの死者が出ている。

G7 外相会合 (2023 年11 月7 日〜8 日) では、議長国日本が中心となって2023 年11 月8 日にG7 相会合共同声明を発表した。日本の上川陽子外務大臣は以下の点を強調した:

1.ハマスなどのテロ攻撃を断固として非難し、
2. 人質の即時解放を求めるとした上で、
3. ガザ地区の人道危機に対処するため、戦闘の人道的休止や人道回廊の設置を支持する、としている。そして
4. イスラエルと自立可能なパレスチナ国家が共存する「2 国家解決」が公正で永続的な平和への唯一の道だ、
としている (NHK政治マガジン, 2023 年11 月9 日)

 
その前に、上川外相は11月3 日にイスラエルを訪問しコーヘン外相と会談して、ハマスのテロ行為を断固非難すると共に、一時的人道的休戦の必要性および国際人道法を含む国際法の遵守の必要性を訴えた。同日パレスティナ暫定自治区を訪問しパレスティナ暫定自治政府マリキ外相とも会談し、ガザ地区の深刻な人道危機に懸念を表明し、6500 万ドル規模の追加人道支援を行う考えを示した。G7の他の外相がイスラエル支持を明確にしているのに対して、日本は国際法の遵守という普遍的立場、そしてガザ地区の人権侵害への懸念という、やはり普遍的立場を表明した上で、「イスラエルと自立可能なパレスチナ国家が共存する2 国家解決が公正で永続的な平和への唯一の道」と、やはり普遍的な視点から国際社会への提案を行なっている。

イスラエルとパレスチナの対立は長い歴史を持っているので、簡単には解決できるものではない (Khalidi, 2020; Sokach,2021)。そもそも1948 年のイスラエル国家建設はナチスによるユダヤ人ホロコーストが直接の引き金になっている。ユダヤ人にとっては唯一の解決策ではあったが、しかしそこに居住していたパレスチナ人にとっては本質的困難を招くものであった(Pappe, 2006, pp. 39-198 = パペ, 2017, pp. 73-293; Sokach,2021, pp. 35-39 = ソカッチ, 2023, pp. 48-53)。この困難な問題に対して、日本の立場はイスラエル・パレスチナ2国家共存というビジョンを示している。ジャーニリズムの報道ではイスラエルとアラブのバランス外交という利益に目が向かられがちであるが、日本政府の立場は普遍的な視点から解決を目指す、という良識に基づいたものである。実際、このイスラエルとアラブの共存というビジョンはイスラエルの良識ある人々からも目指されているものである (Sokach, 2021, pp. 305-308 = ソカッチ, 2023, pp. 342-345)。重要なことは民族間の憎悪に基づく紛争を解決に導くためには、欧米諸国がそうであるような一方の立場を支持するのではなく、対立する両者を含めた普遍的視点に立ち、国際法遵守と良心に基き、両者共に共存できる方法を探ることである。個別性から普遍性への変更が本質的に望まれる。

イスラエル国家を成立させる以前、ユダヤ人は独自の国家を持たなかったため ( サンド, 2010; 市川, 2019; 長谷川, 2023)、ヨーロッパなど多くの国々で社会的宗教的差別を受けてきた( 上田, 1986; シェインドリン, 2003)。その最も象徴的なものがナチスによるホロコーストである (Hitler, 1943; Resnais,1955; Bensoussan, 1996; Berenbaum, 2005 = ベーレンバウム,1996; 芝, 2008)。ドイツの実存哲学者マルチン・ハイデガーでさえも、初期にはヒトラー・ナチスに共鳴していたという不都合な真実が、今日では知られている (Faye, 2005; Blanchot,2008; Sakitani, 2012)
ナチスのユダヤ人迫害から命からがら逃れてきたユダヤ人亡命者達を、ヨーロッパ各国は冷たくあしらっていた。しかしヨーロッパから遠く離れた日本において、ユダヤ人亡命者達へ人道的な支援を差し出す者が多くいたのはあまり知られていない。

 杉原千畝 ( 杉原, 1983; 杉原, 1993; 杉原・渡辺, 1996; 渡辺,2000; 杉原・杉原, 2003; 白石, 2011; 北出, 2012; 白石, 2014;櫻田, 2015; 北出, 2020; 古江, 2020; 石郷岡, 2022) は良く知られているが、他にも樋口季一郎 ( 相良, 1973; 坂東, 2002; 早坂, 2010; 木内, 2014; 樋口, 2020; 樋口, 2022)小辻節三 ( 渡辺, 2000; 山田, 2013; 櫻田, 2015; 古江, 2020)、建川美次 ( 櫻田, 2015; 北出, 2020; 古江, 2020)、根井三郎 ( 渡辺, 2000; 山田, 2013; 櫻田, 2015; 北出, 2020; 古江, 2020)松岡洋右 ( 渡辺, 2000; 山田, 2013; 木内, 2014; 櫻田, 2015; 古江, 2020) などの人道的行為はほとんど知られていない。そこには、ナチス・ドイツによるユダヤ人への人権侵害に対する抗議、そして知恵を絞った人道的支援の方法を探るという、人間としてあるべき普遍的な良識に従った工夫が認められる。

本論考では、今後予定されている二つの論考への序として、ホロコーストに関連する日本国内の関連施設 ( 主に兵庫県内)を介して、ホロコーストに関わってきた日本人に関する情報を簡潔に示すことを目的とする。アンネ・フランク、ヴィクトール・フランクル、樋口季一郎、杉原千畝に関連する施設団体を手掛かりに、ホロコーストに関する主に日本での情報をまとめてみる。最後に普遍的な視点からホロコーストおよび民族対立にどう向き合うかを考えてみる。

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