Archive for 2011年11月

祝日

水曜日, 11月 23rd, 2011

早朝、真っ青な空に澄んだ冷たい空気を胸いっぱいに吸い込むのはとても気持ちのよいものです。

11月23日は国民の祝日「勤労感謝の日」ですが、これは明治6年(1873年)からのもので、もともとは新嘗祭(にいなめさい)が行われてきている日。

新嘗祭は宮中祭祀の一つで収穫祭にあたり、この日宮中ではその年取れた新米を神に献饌(けんせん)し、その後神より供されたものとして天皇自らが召し上がられる。

この新嘗祭の最も古い記録として、日本書紀に皇極天皇元年(642年)「11月16日、天皇は新嘗祭(にいなえ)を行われた。」とあるそうで、この時からずっと行われてきた儀式。

国民の祝日を調べてみると、

 

「建国記念日」(人代最初の天皇、神武天皇即位の日)

「みどりの日」

「海の日」(明治天皇が東北ご巡幸のあと、青森から船に乗り、函館を経由して横浜港に着かれた日)

「秋分の日」(皇霊祭)

「文化の日」(明治天皇のお誕生日)

「天皇誕生日」

 

やはり天皇に由来のある日が実はほとんどであることに気付かされます。

日本はずっと天皇に守られてきた国なんだなと、この時間もずっと祈りをささげてくださっている天皇家に感謝の一念です。

 

 

 

更待月

水曜日, 11月 16th, 2011

昨夜の月を眺められましたか?

とても輝いていて、夜空にくっきりと大きなお月さまでしたね。

昨日の月は「更待月(ふけまちづき)」と呼ばれ、夜更けに昇る月のため、このように命名されているとのこと。

だいたい午後10時頃に月の出となるそうです。

昔は、午後10時で夜更けだったんですね。

他にも、情緒豊かに表現された「月の名前」をいくつかあげてみたいと思います。

 

・待宵(まちよい)/ 小望月(こもちづき) ・・・ 中秋の名月の前夜または、その夜の月のことで、中秋の宵をまちわびるところから「待宵」と呼ばれる。

・玉兎(ぎょくと) ・・・ 月の中にうさぎが住むという伝説にもとづく月の異名。

・晦(つごもり) ・・・ 月隠り(つきごもり)が転じたもので月の末日、晦日(みそか)のこと。月がこもり隠れるところを意味する。

・雪待月(ゆきまちづき) ・・・ 今にも降り始めそうな雪催いの空にかかっている月のこと。また、陰暦11月ことを雪待月(ゆきまつつき)という。

・月天心(つきてんしん) ・・・ 冬の満月は頭の真上近くを通り、煌々と輝き天の中心を通っているように見える。この状態を月天心という。

・月の真澄鏡(ますかがみ) ・・・ 満月はその形から鏡に例えられ、澄み切った少しの雲りもない様子。

 

夜空に煌めき、刻々と七変化するお月さま。

日本人の心を魅了してやまない存在であることを常々感じています。

 

 

 

 

やまと撫子

木曜日, 11月 10th, 2011

キリリとした空気が身も心も引き締めてくれる季節、皆さまお元気でお過ごしですか?

早いもので11月も半ばを迎えようとしていますが、旧暦では10月、島根県出雲地方では神有月(かみありづき)と呼ばれ、まさに日本中の神々が出雲大社に集い、人々の“しあわせ”の御縁を結ぶ会議を行っているちょうどその時。

皆さまもご存じのように、スポーツ界でも大活躍する日本女性チーム。昨今‘なでしこ’ジャパンと命名され、その活躍は目を見張るものがあります。

その‘なでしこ’の語源説が、出雲大社を案内する番組で話されていましたので、ここにご紹介したいと思います。

日本神話に登場するスサノオノミコト(須佐之男命)は、ヤマタノオロチという怪物からクシナダヒメ(櫛名田比売)を救って妻に貰い受けますが、切り刻んだヤマタノオロチから出てきた大刀が後の草薙剣(くさなぎのつるぎ)であるのは有名な話です。

この時、娘を食べにやって来るヤマタノオロチに、自らが進んで命を捧げようとしたクシナダヒメの、可憐で凛々しい姿から、そのような精神を持った女性の代名詞として、‘やまと撫子’のいわれがあるそうです。

‘やまと撫子’という言葉を用いる日本人の心には今もなお、清楚で繊細だが、凛とした内なる強さ、ひいては自らを犠牲にできる、というような美しい精神をその言葉の中に感じ取っている、ということなのでしょうね。ふと、心に響いた内容でした。

 

 

 

 

いわし雲

月曜日, 11月 7th, 2011


真っ青な空に、早朝のいわし雲。 朝日を受けて神秘的に輝いていました。

今日は、秋晴れのいい天気になりそうです。


歴史について

木曜日, 11月 3rd, 2011

例年になく暖かい日が続いていますが、夕方あっという間に陽が落ちて暗くなるのを見ながら、季節は確実に秋から冬へと移っているのを実感しています。
先月10月末に、国際日本文化研究センターの笠谷和比古教授の講演会を開催させていただきました。当初開催予定の日に台風直撃のため延期となり、余計に楽しみにしていた講演会でした。先生のお話を通して、やはり歴史を正しく学ぶことは、とても大切であると非常に感じています。国やその指導者たちの正しいあり方、また歴史的事件の背後を正しく知ることにより、特に青少年たちが国に誇りを持ち、愛することができ、そこから平和や豊さがもたらされることと思います。またその反省点から多くを学び、今後の日本や世界の平和の発展ためのものとなることでしょう。

今回の講演テーマは 「太平洋戦争の真実Ⅱ ―「東京裁判」問題を中心に―」でしたが、先生のご専門分野の一つであり、前回のご講演内容に引き続き、太平洋戦争を中心に扱ったものとなりました。
皆さまの中にも、太平洋戦争というと、日本が一方的に悪いというイメージをお持ちの方も多いかと思いますが、客観的に文献に基づいて真実を知ってみると、驚いたことに、まったく違った事実が姿を現しました。 日本人なのに、なぜ自国の在り方さえも間違って学んできたのだろうか、と頭の中にたくさんのクエスチョンマークが飛んでしまいましたが、当時、戦勝国がとった実際の行動、そこにからめられた日本の状況、敗戦国としてかけられた東京裁判の実情、この複雑な関係を立体的に一つ一つひも解いていただくことにより、真実というものが見えてきました。
天皇陛下や東條首相が最後まで戦争を回避しようとしたことを知り、やはり日本はいにしえからそうであったように、戦いを避け、平和を願っていた国であったことを嬉しく思いましたし、戦争で犠牲になった方々、戦後国を復興するために並々ならぬ苦労をされた方々のことを思い、近い将来、公平なる史実が広く伝えられることを強く心に願いました。

正しい文献に基づいて史実を研究し整理して下さった内容を私達にとてもわかりやすくお話下さった笠谷先生へ心より感謝申し上げるとともに、正しいことを声を大にしてお話下さる先生の姿に心打たれた1日となりました。 またこのような素晴らしい機会をもたせていただきたいと思います。